病院の事ばっかですが…今度の眼科も女医さんです。
足が腫れて今座れない(しゃがめない)状態です。最初、蜂窩織炎(ほうかしきえん)と言われたのですが、痛みも薄いし熱も高くない。ので静脈が詰まっているのでは…との診断なのですがそれも検査で違うよう。また別の血液検査中です。
眼科の定期健診で違う病院へ行きました。また女医さんです。
ですので、自分の中では医者というお仕事は女性のお仕事というイメージなんです。(なんか色々あるようですが)
主治医が女医さんなのでホントにそういうイメージですねえ。
概ね優しい先生ばかりなのですが、形成外科の女医さんだけはなんか怖かった。。。
眼科の定期健診で違う病院へ行きました。また女医さんです。
ですので、自分の中では医者というお仕事は女性のお仕事というイメージなんです。(なんか色々あるようですが)
主治医が女医さんなのでホントにそういうイメージですねえ。
概ね優しい先生ばかりなのですが、形成外科の女医さんだけはなんか怖かった。。。
パソコンが不調に…(汗)
動画を観ながらゲームのページを見ていたら急に画面が全面「ブルー」に!
勝手に再起動したので直った(ホッ)としていたら「正常に起動しませんでした。再起動してください」のポップが!!
なんじゃらほい!!とまたちょっとパ二くってましたがウィンドウズは普通に動いてネットにもつながってるみたい。どこが不正常なんだろうとPC販売のサポセンに聞いてみたら「常駐ソフトのなにかが壊れたのではないか」とのこと。
「システム復元で元に戻るのではないか」と言われてやってみましたが元に戻りません・・・。
通常使う分には困らなそうなのですがこのままでいいのかしら(汗)
というか、直したい。。。(涙涙涙)
勝手に再起動したので直った(ホッ)としていたら「正常に起動しませんでした。再起動してください」のポップが!!
なんじゃらほい!!とまたちょっとパ二くってましたがウィンドウズは普通に動いてネットにもつながってるみたい。どこが不正常なんだろうとPC販売のサポセンに聞いてみたら「常駐ソフトのなにかが壊れたのではないか」とのこと。
「システム復元で元に戻るのではないか」と言われてやってみましたが元に戻りません・・・。
通常使う分には困らなそうなのですがこのままでいいのかしら(汗)
というか、直したい。。。(涙涙涙)
陰陽道(師)と呪禁道(師)の違い???2
続きです。
そんな陰陽道が呪禁道を駆逐した形になりました。
その最大の理由は職鬼(しき=式鬼、式神など色々書かれています)鬼を操り魔と対決(封)じる。この「魔」を操る、操れる術があるからこそ恐怖の「鬼(怨霊)」=「死病}を封じ、駆逐できるものと信じられたのです。ここで今信じられた、と書きましたが陰陽道はむしろ学問体系であり当時としては「科学」でもありました。今の人間が科学を信じるという「信じる」に近いものなのです。
そして最大のヒーローが登場します。それはもちろん安倍晴明。
漫画や小説では若い美男子wのヒーロー貴族として描かれる事が多いですがその事績のほとんどはおじいちゃんになってから。唯一若いうちの事績として鴨野忠明(陰陽師)の子供弟子だった時、鬼を見ることができ師匠を助けたこと、それを見た忠明は陰陽道のすべてを授けたこと、それを「甕から水を移すように」すらすら覚えていったことが旧記などによってわかるだけです。
またそんな旧記にも怪しげな説があったり。安倍晴明は花山上皇の出家を察知して藤原道長に知らせたことになっていますが、清明はその時はすでに亡くなっていたはずなのです…。
…と、今日も疲れてここまで。本が無いので記憶だけですから間違いがあったらごめんなさい;
続きはまた今度に。。。
そんな陰陽道が呪禁道を駆逐した形になりました。
その最大の理由は職鬼(しき=式鬼、式神など色々書かれています)鬼を操り魔と対決(封)じる。この「魔」を操る、操れる術があるからこそ恐怖の「鬼(怨霊)」=「死病}を封じ、駆逐できるものと信じられたのです。ここで今信じられた、と書きましたが陰陽道はむしろ学問体系であり当時としては「科学」でもありました。今の人間が科学を信じるという「信じる」に近いものなのです。
そして最大のヒーローが登場します。それはもちろん安倍晴明。
漫画や小説では若い美男子wのヒーロー貴族として描かれる事が多いですがその事績のほとんどはおじいちゃんになってから。唯一若いうちの事績として鴨野忠明(陰陽師)の子供弟子だった時、鬼を見ることができ師匠を助けたこと、それを見た忠明は陰陽道のすべてを授けたこと、それを「甕から水を移すように」すらすら覚えていったことが旧記などによってわかるだけです。
またそんな旧記にも怪しげな説があったり。安倍晴明は花山上皇の出家を察知して藤原道長に知らせたことになっていますが、清明はその時はすでに亡くなっていたはずなのです…。
…と、今日も疲れてここまで。本が無いので記憶だけですから間違いがあったらごめんなさい;
続きはまた今度に。。。
またちょっと。。。
またちょっと良性のデキモノが見つかり切除することになりました。
仕方無いですね…。でもイタイのは嫌だなあ。脊椎麻酔もやりましたけど最近はものすごい細い針なので痛みは極わずか。
でも今回はそこまでするような事じゃないので針が太そう(苦笑)でヤだなあ。
イタイのは嫌です…やっぱり(汗)
仕方無いですね…。でもイタイのは嫌だなあ。脊椎麻酔もやりましたけど最近はものすごい細い針なので痛みは極わずか。
でも今回はそこまでするような事じゃないので針が太そう(苦笑)でヤだなあ。
イタイのは嫌です…やっぱり(汗)
陰陽道(師)と呪禁道(師)の違い???
日々横になり、時々起きては家事をしています。
個人的な見解ですが陰陽道(師)と呪禁道(師)の違いを書いてみたいと思います。
まだ荷解きが完了してないので本が無いのですが記憶を頼りに書いてみたいと思います。
一番の基本はその役目です。
これが似ているようでかなり違う。
先ず律令制(政府機関)での寮(省)が違いました。呪禁道は典薬寮(いまでいう厚生省)、陰陽道は陰陽寮(今は無き内務省的な存在かな)でした。正確には唐帰りの吉備真備が典薬寮(いまでいう厚生省)を廃して陰陽寮(今は無き内務省的な存在)を創設したのです。それはこれが唯一の理由ではありませんが「病気」に対する対処法が違ってきたからでした。
人は何故病気になるのか。現代では主な原因は細菌、ウィルス、遺伝子異常などと解ってきましたが当時の主な原因は「もののけ」によるものでした。そしてだんだんと一番恐ろしいのが「怨霊のタタリ」になってきたのです。
呪禁道はその出自が道教であり、道(タオ)を極めることで不老長寿を得る宗教。その中でいわば病気に効きそうな部分を抜き出したもの(大雑把すぎますが)なのです。原因は鬼(死霊)ですからそれを払う、遠ざける呪法が主だったらしいです。これを「杖刀をもって魔を払う」と言いました。
前述の吉備真備が唐より持ち帰ったとされる金卯玉兎集から始まったとされるのが陰陽道。道教の中にある陰陽五行説を抽出して日本独自の呪術としたものです。呪禁道はより道教全般の影響が強く「不老不死」という側面「延命」という側面も強かったのですが、陰陽道はもはや陰陽五行説に特化して「魔を払う」に注力しているものでした(暦道はこの場合では省略します)
これを仏教で例えるなら奈良仏教とその後の仏教。仏教は最初「科学」として入ってきたました。つまり宗教というより学問として入ってきたのです。だから後に鑑真が戒律を伝えるため(宗教としての規律)苦難を超えて来日しました。そしてこれ以後、学問から仏教という「宗教」になったと言えるのです。
これをあてはめると学問的なものが陰陽道、より宗教色が残っているものが呪禁道かと思います。
・・・・・・・と、疲れましたので今日はここまでにしたいかなと思います。。。最近、だるさが増して日々寝て暮らす、3年寝太郎状態です(汗)
個人的な見解ですが陰陽道(師)と呪禁道(師)の違いを書いてみたいと思います。
まだ荷解きが完了してないので本が無いのですが記憶を頼りに書いてみたいと思います。
一番の基本はその役目です。
これが似ているようでかなり違う。
先ず律令制(政府機関)での寮(省)が違いました。呪禁道は典薬寮(いまでいう厚生省)、陰陽道は陰陽寮(今は無き内務省的な存在かな)でした。正確には唐帰りの吉備真備が典薬寮(いまでいう厚生省)を廃して陰陽寮(今は無き内務省的な存在)を創設したのです。それはこれが唯一の理由ではありませんが「病気」に対する対処法が違ってきたからでした。
人は何故病気になるのか。現代では主な原因は細菌、ウィルス、遺伝子異常などと解ってきましたが当時の主な原因は「もののけ」によるものでした。そしてだんだんと一番恐ろしいのが「怨霊のタタリ」になってきたのです。
呪禁道はその出自が道教であり、道(タオ)を極めることで不老長寿を得る宗教。その中でいわば病気に効きそうな部分を抜き出したもの(大雑把すぎますが)なのです。原因は鬼(死霊)ですからそれを払う、遠ざける呪法が主だったらしいです。これを「杖刀をもって魔を払う」と言いました。
前述の吉備真備が唐より持ち帰ったとされる金卯玉兎集から始まったとされるのが陰陽道。道教の中にある陰陽五行説を抽出して日本独自の呪術としたものです。呪禁道はより道教全般の影響が強く「不老不死」という側面「延命」という側面も強かったのですが、陰陽道はもはや陰陽五行説に特化して「魔を払う」に注力しているものでした(暦道はこの場合では省略します)
これを仏教で例えるなら奈良仏教とその後の仏教。仏教は最初「科学」として入ってきたました。つまり宗教というより学問として入ってきたのです。だから後に鑑真が戒律を伝えるため(宗教としての規律)苦難を超えて来日しました。そしてこれ以後、学問から仏教という「宗教」になったと言えるのです。
これをあてはめると学問的なものが陰陽道、より宗教色が残っているものが呪禁道かと思います。
・・・・・・・と、疲れましたので今日はここまでにしたいかなと思います。。。最近、だるさが増して日々寝て暮らす、3年寝太郎状態です(汗)