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人ってやっぱ、インパール…なのかなあ?汗

自律神経系をおかしくしてから何も無いのに咳が続くという症状に悩まされてきました。酷くなると息苦しくてだるくて立てなくなる。座っていてもだるいというか、苦しいというかとにかくつらい。かといって横になっても苦しくて眠れない。どこがどう苦しいのか自分でもよくわからない程なのですが明らかな症状は咳なのです。この状態になると「喘息じゃないか?」と疑うくらい咳が続く。軽い咳が夕方位から出始めるという結核を疑った事も。冬から春にかけて出る事が多くはじめのうちは花粉症かアレルギーだと思い込んでました。そして夏が最も症状が重くなる…。でも寒い時期はほとんど症状がでません。しかし今週になってから軽い咳が出始めました。「またか…汗」とうんざりし始めていたら喉が痛くなってきた。普通に風邪でした(苦笑)でもこれはこれでつらいなあ…風邪ひくのは一昨年ぶりかな?

久しぶりに梅原猛を読んでます。病院帰りに古本屋によって「黄泉の王 私見 高松塚古墳」を買いました。まだ最初ですが被葬者(葬られてる人)は弓削皇子ではないか?という内容です。弓削皇子は謎の死を遂げた人物。当時の政争に敗れたから死んだのではないか。怨霊候補ですね。だからあんな美しい壁画が描かれその世界(死の世界)に封じ込め出られないようにしたのだ…と言う事だと思います、多分。まだ最初しか読んでないけど。

哲学者(仏教学者)梅原猛は独自の歴史観で「梅原歴史学」と言われるほど。ちょうど推理作家の松本清張が「松本歴史学」と言われるのと同じですね。門外漢としてどっちも学界からは無視されてますけど(苦笑)

「梅原歴史学」と言えば「怨霊歴史学」ですね。一番有名なのは「隠された十字架 法隆寺論」です。法隆寺には7つの謎がある。その謎を解いていくと「法隆寺は聖徳太子の怨霊を封じ込めた寺である」というもの。

そして「水底の歌 柿本人麻呂論」。万葉集で天皇に挽歌を送るほどなのに正史である日本書紀にその名前が全然出てこない柿本人麻呂。天皇の死を悼む歌(挽歌)を詠むほどなのだからある程度の位が無ければおかしいのに。万葉集の歌を紐解くと「私は明日水死する」というような歌がある。つまり柿本人麻呂は政争で負けて水死刑に処せられたのではないか。だから正史から名を消されたのではないか。しかし正史には柿本佐留(さる)という謎の人物が載っている。これが実は人麻呂で罪を犯したから「人」ではなく「さる」にされたのではないか?というもの。

たまらないっすねえ(笑)自分が大好きだった小松和彦民俗学も最初はこんな感じだったのに。何べんも書きますがこの前の「京都 妖界案内」にはがっかりしました。「これは鬼門封じ」「こっちは大将軍封じ」「あれは鬼を内に閉じ込めるもの」つまり「みんな怨霊とは関係ない」だから「平安京は怨霊封じではない」結論「平安京を造った桓武天皇は怨霊を恐れてなかった」

これは小松和彦の代表作「憑霊信仰論」(つきもの筋の研究)の冒頭で「妖怪学がただの分類に終わってはならない」と言っているのに反しているように思う。こういう論法は梅原猛に言わせると「立派な解剖所見をみているようなもの」で「肝臓はここ、ここに潰瘍があると書かれているだけ」ゆえにそれをまとめても「その人物を本当に理解したわけではない」というもの。いわゆる「木を見て森を見ず」って事ですかね。木にはやたら詳しいけど森全体の視点が欠けている。

やはり京都は怨霊封じだと思います。各所見は「鬼門封じ」「代将軍封じ」「方角封じ」かもしれないけど、それらを積み上げたピラミッドの頂点、究極の目標は「怨霊を封じたいため」だと思うんです。「鬼門封じ」「代将軍封じ」「方角封じ」はそのブロックに過ぎないと思います。歴史上、桓武天皇はかなり怨霊に付きまとわれてますから。「平安」な京をつくりたくなるのもさもありなんと思うんですよね。。。

梅原猛も歴史学者の細かい視点を認めつつ、教えられつつも日本の歴史学者の全体の視点の無さを嘆いています。いわく「…私は考古学者の報告書を数多く読むようになったが、私は日本の考古学には、その方法の上において、重大な誤謬があるのではないかと思うようになった。」「考古学者はあたかも自分の学問は自然科学のように思っている」

誤謬(ごびゅう)とは間違いの事。科学者は偉くなるほどこの誤謬を認められなくなる。プライドでしょうかねえ。。。

ちなみに梅原猛は堂々と誤謬(まちがい)を認めています。それは「神々の流竄」という本。
「神々の流竄(るざん)」の内容は 元々「国津神」を信仰する民族が大和地方に住んでいた。しかし「天津神」を信仰する民族が九州から攻め上ってきて大和地方を占領し元々住んでいた「国津神」を出雲地方に追いやったのだ、というもの。というかその「国津神だけ出雲地方に島流し(流竄)にした」というものです。「天津神」を信仰する民族が後々大和朝廷=天皇家になる。でもこの本の冒頭で梅原猛は「これは誤謬(まちがい)だ」と言ってるんですよね(笑)

この本が書かれた1973年当時はまだ通用するかもしれない理論(?)だったのかもしれないが後々考古学の発見(荒神谷古墳など)があり出雲は大和以前から国家があったと証明されていきます。しかしながら自分が買ったこの古本は第4版。しかも1992年に再版されたもの。間違いと認めつつも、そこには何かしらの輝きがあるのだと思います。まさに「シャイニング」。ただ「これは間違いですよ~」と前文に書かれているものを中々情熱を持って(?)読めませんでした。が、誤謬とは言え、面白かったです。

ただ、こうやって誤謬を認められる高位者(?)は本当に数少ないと思います。翻って自分もそう。「間違った!(やべえ…)」と思いつつ押し通した経験も。今振り返れば顔が赤くなります。しかし「顔が赤くなる」では済まないような事も。それは大東亜戦争時代の「インパール作戦」に例えられます。自分はNHK取材班「責任なき戦場」という本でよく知りました。NHKというとちとビミョ~と思わなくもないですがこの本はよく書けていると思います。これはNHK特集「ドキュメント太平洋戦争」というシリーズの一巻。またまたNHK特集というとビミョ~な感じを持ちますが、これが造られた時代はちょうどバブルの真っ最中。ですので「反日」というよりバブルに狂奔する企業を批判の対象としています。一見の価値はあると思います。インパール作戦で唯一、ただ一人責任を取らされた(正確には無視された)食糧、弾薬無く一番最初に撤退を決めた佐藤高徳中将の「大本営、総軍、方面軍という馬鹿の三乗がインパールの悲劇を産んだのである」そして大本営で「牟田口がやりたい、と言っているのだからやらせてやろう」この言葉が印象に残りました。自分の間違い、責任って本当に認められないものなのだ…。
♪パンツ占い♪
今日のパンツ占いだよ!
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ふじさきまこと

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エロ漫画家 藤咲 真です。


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